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ガットフレイル:その概念と食物繊維の重要性(内藤 裕二)

はじめに

 わが国は平均寿命世界一を達成し、いよいよ人生100年時代を迎えようとしている。しかしながら、Well-beingの国際比較では日本の順位はここ数年は50位前後である。健康寿命を延伸のためにサルコペニア・フレイル対策も叫ばれている。今回、胃腸(Gut:ガット)という臓器が果たす役割の重要性を理解していただくためにも、最近、私達が提唱している「ガットフレイル」という概念を紹介した。この概念を理解していただき、腸からのWell-beingを目指す戦略としての食物繊維の重要性を紹介した。

ガットフレイルとは?

 フレイルとは、医学用語である「frailty(フレイルティー)」の日本語訳で、病気ではないけれど、年齢とともに、筋力や心身の活力が低下し、介護が必要になりやすい、健康と要介護の間の虚弱な状態のことを指す(1)。健康な状態と日常生活でサポートが必要な介護状態の中間を意味する。ガットとは医学用語「gut(ガット)」の日本語訳で、胃腸などの消化管を意味している。ガットフレイルとは、胃腸の働きの「虚弱化」という意味で名付けた(図1)。

図1 ガットフレイルとは?

 重要な点はガットフレイルが種々の疾患の増悪因子、慢性炎症の原因、フレイルの先行要因となる可能性があることである。現状で、ガットフレイルのスクリーニング診断に合意は得られていないが、1.胃痛・胃もたれ症状、2.便秘・下痢などの便通症状、3.腹痛・腹部膨満感、4.ストレス関連症状、5.食欲低下・体重減少などが候補症状と考えている。現在、働き盛りの就労者を対象に3,000人規模のインターネット調査を実施中であり、その解析からガットフレイルのスクリーニング案を提案したいと考えている。とくに消化管症状のスクリーニングには「出雲スケール」(図2)を利用し、上部、下部消化管に由来する症状の分析を進めている。

図2 消化管症状に関する問診票(出雲スケール)

 特に、便秘症状は重要なガットフレイル要因であり、便秘でない人に比較して便秘の人は10年後、15年後の生存率が有意に低いことが示され(2)、慢性腎臓病、急性心筋梗塞、パーキンソン病などの神経変性疾患などを発症するリスクが高いことが報告されている。便秘は大腸の調子が悪いことから始まっているが、実は全身のさまざまな病気の発症あるいはリスク因子になっているようである。日本人健常者に対する横断調査の結果でも、非フレイル群に比較してフレイル群では明らかに便秘症が高頻度である(3)。

ガットフレイルの病態

 ガットフレイル病態に対する基礎研究は着実に進歩してきている。いわゆる腸管バリア機構の虚弱化がガットフレイルにつながっている。図3のような要因がある。なかでも、粘液分泌低下が極めて初期の病態ではないかと考えられる。マウスなどの動物モデルに対して、高脂肪食を投与すると大腸粘液が菲薄化し、腸管蠕動運動が低下し慢性便秘が引き起こされる(4)。高脂肪食・高タンパク食や食物繊維の欠乏食は腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオ−シス)、腸管粘液の低下、微小炎症を誘導することも証明されている。ガットフレイルは腸管の老化とも理解され、実際に老化マウスの粘液層は菲薄化し、杯細胞の数が現象している。アスピリンなどの薬剤、マイクロプラスチックなどの環境要因などによっても腸管粘液が減少することが知られていて、腸管透過性の亢進や腸管炎症につながることなども報告されている(5)。 

図3 ガットフレイル病態の分子機構

 ガットフレイルの病態において重要な要因として老化細胞の解析が必要である。消化管粘膜は多様な細胞で構築されており、多種類の細胞の同調関係によりバリア機能が維持されている。幹細胞が一次的に老化する可能性もあるが、杯細胞や筋繊維芽細胞の老化の結果として二次的に幹細胞が老化することも考えられる。

ガットフレイルに対する対策

 京丹後多目的コホート研究に参加した65歳以上の地域住民の中で、腸内細菌叢データ、フレイル指標、食栄養調査のデータ取得済の条件を満たす786人を解析の対象とし、フレイルに関連する因子の解析を進めた。結果、対象の中で今回の解析でフレイルと診断されたのは786人中119人(15%)であり、85%の非フレイル群との間で食・栄養摂取状況を比較し、2群間の差を検討した。非フレイル群とフレイル群の比較では、エネルギー摂取量に差はなく、PFCバランスでは、炭水化物、脂質には有意な差がないが、たんぱく質、総たんぱく質摂取量はフレイル群で有意に低値であり、動物性たんぱく質ではなく、植物性たんぱく質摂取量がフレイル群で有意に低値であった。食物繊維、不溶性食物繊維、水溶性食物繊維の摂取量は非フレイル群に比較してフレイル群で有意に低値であった。食物繊維摂取量に寄与する食品群のなかで、豆類と非緑黄色野菜の摂取量が非フレイル群に比較してフレイル群で有意に低値であった。

 日本人を対象にしたJPHC研究においても、食物繊維摂取量と総死亡、がん死亡、循環器疾患死亡リスクとの関連が報告されており(6)、健康長寿に向けた栄養学的なアプローチとして食物繊維の果たす役割は重要である。本研究では、非フレイル群に比較してフレイル群での総食物繊維、水溶性あるいは不溶性食物繊維の摂取量が有意に低いことを見出し、食物繊維を含む食材としての豆類や非緑黄色野菜の摂取不足を明らかにした。さらに、食物繊維の摂取量と相関する腸内細菌叢の階層クラスター分析を進め、正の相関を示すEubacterium_eligensChristensenellaceae_R-7、UCG-002などの酪酸産生菌を明らかにした。

おわりに

 健康寿命の延伸においてガットフレイル対策が重要であること示す概念を紹介した。ガットフレイルの本態は消化管の老化であり、腸内環境を標的にした治療により老化した腸管を若返り(Rejuvenation)させることができれば、全身的なフレイルの進行を予防できる可能性があると考えている(図3)。ガットフレイルという概念は未だ市民権を得ていないが、今後多くの皆さんの協力を得ながら、より実践的にスクリーニング法、精査法、具体的対策などを提案していきたい。

参考文献
1. Naito Y. Gut frailty: it concept and pathogeneis. Digestion. 2024;105(1):49-57.
2. Chang JY, et al. Impact of functional gastrointestinal disorders on survival in the community. Am J Gastroenterol. 2010;105(4):822-32.
3. Asaoka D, et al. Association between the severity of constipation and sarcopenia in elderly adults: A single-center university hospital-based, cross-sectional study. Biomed Rep. 2021;14(1):2.
4. Mukai R, et al. High-Fat Diet Causes Constipation in Mice via Decreasing Colonic Mucus. Dig Dis Sci. 2019;65:2246-53.
5. Suyama Y, et al. Mucus reduction promotes acetyl salicylic acid-induced small intestinal mucosal injury in rats. Biochem Biophys Res Commun. 2018;498(1):228-33.
6. Naito Y, et al. A cross-sectional study on the relationship between nutrient/food intake and gut microbiota in frailty among older community residents: The Kyotango study. J Clin Biochem Nutr 2024;75(2):161-173.

自己紹介

もともとは消化器内科医ですが、人生100年時代を迎え、脳神経や腎臓など消化器以外の臓器の健康のために胃や腸(ガット)の役割の重要性を考えるようになりました。ガットは免疫や栄養の中心的な役割を果たしています。今回紹介した「ガットフレイル」に注目していきたと思います。

患者様とどのように接しているか

消化器疾患に対する専門医としてだけでなく、健康長寿を目指すために必要な食・栄養の重要性を丁寧に説明することを心がけています。

経歴と職歴

1983年 京都府立医科大学卒業
1983年 京都府立医科大学附属病院研修医,第一内科勤務
1998年 京都府立医科大学助手,第一内科学教室勤務
2001年 米国ルイジアナ州立大学医学部分子細胞生理学教室客員教授
2009年 京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学 准教授
2015年 京都府立医科大学附属病院内視鏡・超音波診療部部長
2021年 京都府立医科大学生体免疫栄養学講座 教授

好きな言葉

杉田玄白「養生七不可」

ミールタイム パワーアップ食の活用方法

多忙な仕事環境で働いている人の栄養補給として利用もできる。