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いつまでも口から食べて健康に ~見て、口にして心で楽しむ京介食の取り組み~(荒金 英樹)

はじめに

 超高齢社会の招来とともに病気や加齢により食べる力が衰える摂食嚥下障害を持つ「患者さん」が急増、医療現場では大きな問題になっています。こうした経口摂取に問題がある「患者さん」に対して、病院では点滴や胃ろうに代表される様々な「人工栄養」により、体力を維持、回復させることで治療を支え、生命の維持を追及してきました。

 このような「人工栄養」は疾患の回復を目指して一時的に使用することを目的としていましたが、医学の発達に伴い、かつては諦めざるをえなかった患者さんも人工栄養の恩恵で長期の生命維持が可能となり、医療関係者にとって人工栄養は欠くことのできない重要な医療手段となっています。

 しかし、摂食嚥下障害が軽度から中等度にもかかわらず、肺炎や窒息を予防するために食事が制限または禁止され、長期にわたる人工栄養を受けている「患者さん」も少なくありません。

 こうした現状に対する社会の批判は人工栄養なかでも胃ろうへと向けられ、一部に「生命の尊厳を侵害する医療手段」として医療関係者にとって残念な評価をされてしまいました。

栄養とは

 その一方で摂食嚥下障害に対しても医学研究は進み、口腔や咽頭の機能に応じた食事介助の方法や食事の形態や物性の研究も発展し、様々な訓練や経口摂取の方法、多様な介護食の提案がされるようになってきています。

 ここで「栄養」をあらためて考えたとき、医療関係者が考える「生命の維持」といった医学的な面だけではなく、「欲求の充足」「季節感や地域性を込めた食文化」や「コミュニケーションの手段」といった「食」が持つ感性に基づく文化的な側面は欠かすことができないものです。

 とくに高齢者にとって「口から食べる」ことは栄養の補充や口腔咽頭機能の保持といった効用はもちろんですが、移り行く季節を感じながら、思い出を振り返り、多くの方々と語り合う大切な機会です。

 しかし、医療・介護現場ではこうした感性・文化的な面に対する配慮は十分とは言えず、また一般社会からもこうした摂食嚥下障害の「患者さん」に対する理解は十分に得られていないことから、「患者さん」として医療・介護の世界にとどめられ、幅広い社会参加を妨げる一因となっています。

食を支える京のまちづくり

 齢を重ね、経口摂取を支える力が落ちてくることは程度の差こそあれ、皆に等しく起きることです。この口から食べる力が落ちるというハンディキャップも周囲の理解と環境が整えられれば、「患者さん」ではなく一個人として社会参加ができるのではないかと考え、京都では医療の枠を超えた職種・異業種の連携チームが編成されました。

 そのチームには料亭の料理人や女将さん、和菓子職人、宇治の老舗茶舗、伏見の酒造所の職人、北野天満宮近くの豆腐屋さんに京焼・清水焼、京漆器に携わる伝統職人らが参加され、様々な成果が生まれてきています(図1)。

図1 京介食ブランド商品

 こうして生まれた成果により食の禁止や制限の傾きがちな医療を、新たな食の提案による生活を支える医療へと昇華させたと実感しています。

 そして、これらの成果物に対し「京介食」というブランドを立ち上げました(図2)。 

図2 「京介食」ロゴマーク

 このブランドには新たな医療産業連携の仕組みを支えるとともに、一般の方々に「年を取ること、そしていつか食べられなくなること」を考えていただく機会にしていただくこと、障害の有無に関係なく幅広く多くの方々にも口にしていただける新たな食文化、食のバリアフリーの理念を込めています。

 この私どもが目指すこの「食のバリアフリー」はさらに医療・介護の限られた世界と一般の社会をつなげる「社会のバリアフリー」、医療介護の枠を超えた多くの人が参加する、「京都版地域包括ケアシステム」として提案することも目指しています。

 これを読まれている方には介護食の新たな地域の食文化の可能性と、自分たちの地域でもできると感じていただき、明日からのご活動の一助となることを願っています。



筆者

愛生会山科病院
消化器外科 部長
医学博士 荒金 英樹

自己紹介

 専門は消化器外科。とくにがん患者の栄養療法を専門としています。院内では栄養サポートチームを多職種の支援のもと活動をしています。最近では医療の社会参加を目指し、幅の広い分野の方との交流を通じ「まちづくり」に医療がどのように参加できるかを栄養の面から考えています。

患者様とどのように接しているか

 人の活動を制限するには「科学的な根拠に基づいて」をモットーにしています。京都の方は高齢者といえどもコーヒーが大好きですが、病気になるとこうした嗜好品を極端に制限する方が多く、そうした方には根拠のない制限は不要なことを説明し、治療だけではなく、生活の下支えを支援するように心がけています。

経歴

1992年京都府立医科大学卒業。京都府立医科大学 第一外科。済生会京都府病院外科、京都府立医科大学 消化器外科を経て、2000年からは一般社団法人愛生会山科病院に赴任。ここで栄養サポートチームを編成、2010年からは地域の医療連携を目指し「京滋摂食嚥下を考える会」を立ち上げ、2019年には異業種連携、まちづくりを目指し「京介食推進協議会」を組織する。


好きな言葉

多くの方がよく公言されている「できない理由を探すな」です。
できない理由を並べるのではなく、できる方法を考えるようにと心がけています


ミールタイム パワーアップ食の活用方法

身体によい、悪い食事を栄養素の面から一元的に決めるのではなく、個々の疾患や状況に応じて調整するのがプロフェッショナルと考えています。一例として寝る前のケーキは私にとっては悪い食事でも、がん悪液質の患者にはお勧めです。