無理のない食環境のチョイス(多田 紀夫)
健康維持を目指す方策を食生活に生かすため、2つの戒め(いましめ)を説くことで日頃、患者さんに接しています。その1つは「食行動」の戒めであり、もう1つは「食材選択」の戒めです。
「食行動」の戒めは、食事パターンを正して過食を避ける幾つかの方策があります。
①「早食い、ながら食い、まとめ食い」を避けること。
これは、思わず食べてしまうことを避けるためです。
②1日3食を規則的に、よくかんで食べること。
➂腹八分目を守ること。
古いヨガ教書では長生きの秘訣として「胃の1/2は食物で満たす。そして胃の1/4は水で満たし、
残りの胃の1/4は空けたままとせよ」と教える。そこまで徹底せずとも、まず糖質摂取の制限が
大切で、食パンは6つ切りから8つ切り一枚に低減するとか、ごはん茶碗を小ぶりにすることも
有効です。
④食物繊維の多い食材を先に食べること。
例えば、山盛りのキャベツなどの葉野菜などであらかじめ胃の容量を占拠し、糖質からなる
主食摂取は後回しにすること。これは外科的に胃容量を縮小する腹腔鏡下スリーブ状(袖状)
胃切除術さながらの環境を先に食物繊維の多い葉野菜摂取することにて作るものです。
⑤日常生活では周り(まわり)に食べ物を置かず、食環境のけじめをつけること。
⑥好きなものでも一人前、または適量を守ること。
⑦就寝前の2時間はエネルギー価の高い食物は口にしないこと。
⑧外食では丼物より定食を選択すること。
そのほか、食べ過ぎ以外にもシフト労働、睡眠不足、夜間における照明曝露(ばくろ)、ビタミンD
不足なども体脂肪の蓄積に関与し助長するとの報告があります。
「食材選択」においては、「食事内容と192の国々の25歳以上の成人の死亡率、有病率(感染症を除く)との関係をみた調査結果」であるGlobal Burden of Disease 調査2017が参考になります。
それによると2017年において1,100万人が食事性危険因子に起因して死亡しています。
具体的には、食塩摂取過剰にて300万人が死亡し、未精製穀物※1摂取不足にて300万人が死亡し、果物摂取不足にて200万人が死亡したとのことです。
※1 未精製穀物は精製していない穀物食材をいい、例えば玄米食、分つき米食、麦ごはん、雑穀、
ライ麦パン、全粒粉パンなどを指す。
そして、ナッツ類の摂取不足、野菜摂取不足、n-3脂肪酸※2摂取不足、食物繊維摂取不足、多価不飽和脂肪酸摂取不足、豆類摂取不足、トランス型脂肪酸※2摂取過剰、カルシウム摂取不足、砂糖・甘飲料摂取過剰、加工肉食品摂取過剰、ミルク摂取不足、赤い牛肉摂取過剰が生命・疾病リスクへの関与が高い順として続きます。このように食材の摂取過剰と摂取不足の両者に気を配る必要があります。
※2 n-3脂肪酸:魚油に多い脂肪酸
※3 トランス型脂肪酸:植物油に水素添加して作成した人工油
我が国では、1980年あたりまでは戦後の貧困を引きずり、「摂取不足の回避」が大きな問題でしたが、1980年以降は生活習慣病の一画を占める「メタボリックシンドローム」に代表される「摂取過剰による健康障害をいかに回避するか」が大きな問題となっています。
その一方、高齢者では「たんぱく質摂取不足」を中心とした「ロコモティブシンドローム」「フレイル」、さらに若年女性の「やせ」、とりわけ妊婦の「低体重児出産」といった摂取不良、運動不足が問題視されています。健康への無関心層も含め、誰独り(ひとり)もとり残さない栄養管理とその対策が大切です。
私は冠動脈疾患発症と危険因子、そして生活習慣との関連を図1のように捉えています。
そして「減塩」「糖質摂取制限」「減量」「飽和脂肪酸摂取制限」「コレステロール摂取制限」「トランス型脂肪酸摂取禁止」を中心に栄養食事指導しております。そのアプローチは、対象者を取り巻く「生活環境」をよく聞き取り、「栄養診断」のもと、無理のない食環境を作ることが重要と考えます。
食環境の評価は大切であり、前述のGlobal Burden of Disease 調査2017においても世界レベルでは果物の摂取不足が死亡率の増加を招いていますが、甘い果物を尊重する我が国では果物摂取過剰が食欲増加や血清トリグリセライド増加を招いていることに注意すべきです。
スポーツ飲料を含めた清涼飲料水に含まれるシロップも制限が必要です。「糖質制限」と言っても糖質を減らす過程で飽和脂肪酸、トランス型脂肪酸、コレステロールの摂取量を増やさないことも大切です。同じ炭水化物ですが食物繊維は多く摂ること、チアミン、葉酸、カリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、セレンなどのビタミン・ミネラル摂取不足に気を配ることも要求されます。
糖質制限食が腎障害患者にとっても安全であるという成績も見られてきましたが、今後の評価と良質のたんぱく質摂取にも気をつけることが大切です。栄養指導する側は指導した結果を見つめながらの指導が常に求められることを忘れないで欲しいと考えます。
筆者
自己紹介
いつの間にか私自身も後期高齢者と名指しされる年齢となった。幼少時、大病を患い、それが終生医業を選択するきっかけとなったが、病気に対する「恐れ」を実体験しただけに、爾来「癒し」と「中庸」を大事にしたい気持ちが「座右」に居座わっている。そしてストイックな行動は採れない一方、「平常心」を念じながらも好奇心に導かれた人生を歩んでいる。
患者さんとどのように接しているか
まず患者さんの話を十分聞くことに時間をかけています。そして、訴えに対して患者さん自身はどのように感じているかを把握するようにしています。こうした疾病イメージを患者さんと共有することは、それに続く診断、治療においても共通しています。治療の選択ではその到達目標をまず患者さんに決めてもらうことも大切にしています。とりわけ生活療法においては重要と感じています。
経歴
1972年慶應義塾大学医学部卒業。オーストラリア留学を経て、東京慈恵会医科大学青戸病院内科学講師、同青戸病院副院長、同大学内科学教授、同大学院医学研究科器官病態・治療学 代謝・栄養内科学教授を歴任。2013年3月より、厚生労働省「日本人の食事摂取基準」策定検討会構成員。
日本臨床栄養協会理事長、日本臨床栄養学会監事、同名誉会員、日本動脈硬化学会名誉会員、日本病院調理師協会病院調理師認定機構認定講習における認定委員、日本老年医学会関東甲信越地方会名誉会員。日本動脈硬化学会認定専門医。日本老年医学会認定専門医、指導医。日本臨床栄養協会認定NR・サプリメントアドバイザー。専門は、動脈硬化、脂質代謝、生活習慣病、老年医学
好きな言葉
平常心
ミールタイム パワーアップ食の活用方法
パワーアップ食が何故必要であることを利用者に理解していただき、到達目標を利用者と共有し、その達成に指導者が責任を持つことが大切です。