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摂食嚥下機能を低下させないために(戸原 玄)

 摂食嚥下障害という言葉をご存じでしょうか?おそらく誤嚥性肺炎のことはご存じかと思いますが、誤嚥といって気管に唾液や食べ物が入ってしまう症状は摂食嚥下障害といって食べる機能の低下によって起こります。摂食嚥下障害を起こす要因は様々で、脳卒中やパーキンソン病、認知症などの病気が原因となることが多いです。 

 その他、明らかな病気がなくても、薬の副作用や加齢、または廃用と言って長期臥床などで長い間筋肉を使わないことによっても機能低下は起こりえます。つまり明らかな原因となる病気がない方にも症状自体は起こりえるといえます。今回は摂食嚥下機能を低下させないためにどのようにしておけばよいかをご説明したいと思います。尚、実際に嚥下機能が低下してしまった方にたいしても下記は有効な場合があります。

 意外に思うかもしれませんが、座る時に深く座って姿勢を正しく保って食べることができるだけでもむせなどの症状が軽減することがあります。要介護状態など体が弱っている方が座っている姿を想像してみてください。深く座って姿勢を正しているというよりもずり下がって座っている印象がありませんでしょうか。我々が多少ずり下がって座ってもうまく食べられないほどの影響はでないのですが、体が弱っている方がずり下がって座ると頭を支えるために首が力むことがあります。その首の筋肉の力みが飲み込みの筋肉をうまく働かせられなくなる要因となりえるのです。細かいことを言いますと、そのように首が力んでいると舌骨下筋という筋肉が力んでしまい、ゴクンと飲み込むときにのど仏をもち上げるのを妨げてしまうと報告されています。

 では、どうしたら予防しやすいのかをご紹介しますと、再度以外に思うかもしれませんが、足を伸ばす運動が効果的です(図1)。

図1 足を伸ばす運動

特に太ももの裏のハムストリングスという、骨盤から膝の裏に走っている筋肉があり、その筋肉が短くなると体が硬くなります。例えば年齢とともに立位体前屈で床に触れられなくなる、ということは皆様にも起こりえます。そしてハムストリングスが硬くなると骨盤の下側を前方に引っ張るので、骨盤が寝たような状態になりやすいため、そのまま座ると骨盤を立てて深く座ることがしづらくなります。足を伸ばしてハムストリングスを伸ばしましょう。尚、このようなストレッチをするときの基本はゆっくり伸ばすことで、特に反動をつけて伸ばすようなことはよくありません。反動をつけて勢いよく伸ばすと筋肉は収縮してしまうので、ストレッチの効果が出づらくなります。時間をかけてゆっくり伸ばすようにしましょう。

 次いで、深い呼吸を保てるかどうかも重要です。呼吸と飲み込みは協調運動ですので、飲み込みが弱っていなくても、呼吸が浅かったり乱れやすかったりするとむせにつながることがあります。一番わかりやすいのは生ビールのコマーシャルかなと思います。「夏だ、海だ、生ビールだ!」のあと、ゴクゴク飲んだら「プハー!」です。
逆に飲んだ後に息を吸い込む人は見たことがないと思います。息を吸って止める、飲み込む、息を吐く、がむせずに飲み込むための協調運動です。呼吸を深く保つためには胸郭の柔軟性を保つのが良く、それには肋間筋といって肋骨と肋骨の間の筋肉の柔軟性が大事です。そんなところに筋肉があるのかと思うかもしれませんが、スペアリブと思うとイメージがつくかもしれません。肋間筋のストレッチには腕を組んで持ち上げながら息を吸って、おろしながら口をすぼめてゆっくり吐くのがよいです(図2)。

図2 肋間筋のストレッチ

実際にやってみるとわき腹が伸びているのを感じられると思います。腕を組んで持ち上げるのが難しかったら、指を組んで手のひらを前方に向けて上に挙げる、それも難しかったら単に指を組んで上に挙げるだけでもよいです。

 姿勢、呼吸、を整えたら最後に飲み込みに関わる筋肉のトレーニングも行うとよいです。物を食べるときには噛む力、つまり口を閉じる力が大事なことはご存じかと思います。しかし、噛むのではなくて飲み込むときには口を開ける力を保つのが大事です。口を開けるときには舌骨上筋という顎の下についている筋肉が顎を下に引っ張ります。そして、ゴクンと飲み込むときには同じ筋肉の作用で、のど仏周辺を顎のほうに持ち上げるのです。つまり口を開けるときと飲み込むときには同じ筋肉が作用しているわけです。これを利用して考えられた開口訓練が飲み込みの筋肉を鍛えるために有効です(図3)。

図3 開口訓練

これも方法は簡単で、口を大きく開けて10秒程度とめる、だけです。意識していただきたいのは口を開けるときに顎の下の筋肉に力が入っているかどうかで、単に口を開けるのではなく、顎の骨を下に引っ張ろうという力を作用させるのが大事です。

 以上の3つ、足を伸ばす、腕を組んで挙げる、口を開けるを試してみて下さい。

筆者

東京科学 大学院 医歯学総合研究科
医歯学系専攻 老化制御学講座
摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授 戸原 玄 

自己紹介

東京科学大学(旧東京医科歯科大学)の戸原と申します。歯科医師で、摂食嚥下障害といって食べる機能が低下した方のリハビリを主として行っています。在宅などへの訪問診療の割合がとても多いです。

患者さんとどのように接しているか

嚥下機能をみるのはもちろんですが、その人がどんな人なのか、その人の家族がどんな人なのか、という輪郭がわかるくらいには話をするようにしています。逆に自分自身がどんな人なのかを知ってもらえるように無駄話もよくしています。

経歴

1997年、東京医科歯科大学歯学部歯学科卒。同大学院、藤田保衛大学医学部リハビリテーション医学講座研究生、ジョンズホプキンス大学医学部リハビリテーション科研究生などを経て、現在は在宅における臨床活動を行うだけではなく、仕組みやフィールド含めた環境整備、エビデンス創出、機器開発、国内外の後進育成などを数多くの活動を実践している。
現職は東京科学大学院医歯学総合研究科医歯学系専攻老化制御学講座摂食嚥下リハビリテーション学分野教授。

好きな言葉

自由

ミールタイム パワーアップ食の活用方法

そんなに注意をしすぎることなく、色々なものを食べて水分は良くとる。